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TRY UNITE

声優、アニメ、たまにサッカーの事について、感じたことをつらつらと。

「ふだんどおり」の話。

「ふだんどおり」。

これがすごく難しくなる瞬間がある。

「環境に大きな変化があったとき」

「大きなプレッシャーを感じたとき」

「もう少しだと気を緩めてしまったとき」

僕はこの数日間でこれを強く感じた。

 

今まで当たり前だと思っていたことが、環境の変化に伴って気持ちが変化すると、当たり前だと思えなくなる。良さを強く感じていたのに、他の良さにたくさん触れると少し前の気持ちを思い出せなくなる。

「ふだんどおり」であることの有難さと、今をしっかりと大事にしないと、あっという間にいろんなものが無くなってしまう。これは頭ではわかっていたけど、いつ、どのタイミングで、何が起こるかなんてわからない。だからこそ、今を一生懸命、楽していかなきゃなぁと思う。

 

「プレッシャー」。これも「ふだんどおり」でなくなる瞬間。だけど、「プレッシャー」が「ふだん」になると、心に圧力を感じなくなったりする。

先日のリオオリンピック。サッカー男子日本代表の選手たちのプレーからも、それがよくわかった。アジアの最終予選で見せてくれた力強さ、団結力が影を潜め、相手と戦う前に、まずは置かれた状況と闘ってる印象。手倉森監督が選んだメンバーの経験値の少なさを露呈してしまったけれど、これが今の日本で戦う選手たちの実力なんだとひしひしと感じたり。

「大舞台に強い選手」を育てたいなら、「大舞台」を設けないといけない。大舞台には多くの人の目が向いていないといけないし、そこで勝ちたいという強いモチベーションをかきたてるものでないといけない。そこはまだヨーロッパ、南米に分がかなりあるけど、じゃあ日本でもそういった環境を整えられないのか、というのを考えないといけない。

藤春選手のオウンゴールだって「ふだんどおり」なら生まれなかったプレーだと思う。だけど「ふだんどおり」にならないというのは、ピッチに立った選手しかわからない。僕ら外から見ている立場の人間は、どうして起こってしまったんだろうというのを考えて、じゃあ自分は何が出来るか、というのを考える人が増えること。それが日本のサッカーを強くすると思う。

 

最後に「気のゆるみ」から来る「ふだんどおり」にならないこと。

昨日のJ2、町田vs山口を見ていて、前半のロスタイムに起こったことはこれまでの町田の選手たちの戦いぶりから見たら、信じられないできことだった。前後半をタフに戦い抜いて、接戦をものにする。チームとしてJ2の経験が豊富なチームに対して互角以上に戦えていたのは、しっかりと戦い抜くことが出来ていたからだと思う。よく2-0は危険なスコア、というけど、それを危険だと思わせなかったのが町田の強さだったと思う。それが失われている今、チームとして良かった時を思い出したり、中村選手のように新しいチームの戦力が出てきたり、何かきっかけが必要な状況だと思う。

 

皆さんが失いたくない「ふだんどおり」って何ですか。

変化の中にいる自分にとって、「ふだん」がわからないんです。「ふだん」どおりアニメを観る時間もなかったり、「ふだん」どおりラジオを聴く機会も見つからない。代わりに毎晩の献立を考えることが「ふだん」になったり、生活のための掃除に精を出すのが「ふだん」になったり。

僕が今思うのは、「ふだん」を「ふだん」だと軽んじないこと。今できること、やれていること、接しているものに感謝をすることを忘れないようにしたいです。比較の中で生きていると、どうしても何かを重んじて、何かを軽んじてしまうけど、軽んじてしまったものをどうしたら軽んじることがないか、を少しずつ考えながら。人としてこつこつ、地道に。毎日を大事にしたい。